筆者:下河内洋平(スポーツ科学部教授)
1.エビデンスに基づいた科学的トレーニングとその限界
スポーツや健康づくりの現場において、「科学的トレーニング」という言葉は広く知られるようになりました。一般的には、「すでに証明されたデータや事実(エビデンス)に基づいたトレーニング」こそが科学的であると捉えられています。もちろん、事実を知ることは重要です。しかし、本学では知識をただ受け入れるだけでなく、その背景にある「考え方」そのものを学ぶことを大切にしています。
ヒトの身体は非常に複雑であり、個々の選手が持つ特性や、置かれている環境は千差万別です。そのため、ある条件下で証明された理論が、必ずしも目の前の選手にそのまま当てはまるとは限りません。「科学的に証明されたこと」だけを行おうとすれば、指導の選択肢が狭まり、現場での柔軟な対応が難しくなることさえあります。「現場の方が科学よりも進んでいる」と言われることがあるのは、こうした背景があるからでしょう。
2.科学の方法に基づいた実践
その問題を解決する考え方として、「科学の方法(Scientific Method)に基づいた実践」があります。これは、トレーニング(体力強化)に限らず、コンディショニング(調子を整える・怪我予防)や技術指導(スキル向上)など、スポーツ指導のあらゆる場面に応用できるものです。
具体的には、かつてガリレオ・ガリレイらが体系化した探究プロセスを、以下のような循環として捉えます。
1.問題の認識:選手やチームの現状を観察し、パフォーマンスを妨げている課題(体力不足、スキル不足、疲労など)を見つける。
2.仮説の立案:その課題の原因となっているメカニズムを推論する。
3.予測:その要因を改善すれば、パフォーマンスがどう変化するかを予測する。
4.検証(実践):仮説に基づき、課題を解決するためのプログラム(トレーニングや技術練習など)を立案・実施し、その効果や変化を測定・観察する。
5.理論化:仮説、予測、そして実際の結果(データ)を統合し、合理的な説明(理論)をつくる。予測通りであれば「成功法則」として蓄積し、異なる場合はその原因を分析して、仮説の立案から再スタートする。
このプロセスを繰り返し学ぶことで、既存の正解を探すだけでなく、目の前の選手にとって「今、何が必要なのか」を自ら分析し、判断する力が養われます。データを測定し、客観的に評価しながら実践を進めることは、決して経験や勘を否定するものではありません。むしろ、客観的なデータを積み重ね、検証と修正のサイクルを回すことで、より精度の高い「経験」を得ることができます。
3.スポーツ・運動を通して科学の方法を学ぶ意義
また、うまくいかない原因を論理的に分析・説明できることは、指導者と選手の信頼関係を築くうえでも大きな力となります。具体的な解決策を体系的に見つけだす能力が身についていれば、感情的な叱責や無理な精神論、あるいは体罰や暴言といった、悪しき手段に頼る必要がなくなるからです。科学的な思考は、スポーツの指導者やトレーナーなどが選手を正しく導くだけでなく、彼ら自身の冷静な判断と心の余裕にもつながりますし、選手自身が主体的にパフォーマンスを改善する方法を考える基礎となります。
研究者が生み出した知見を使うだけでなく、自ら現場で考え、検証し、知見を深めていく。このような「科学的態度」は、スポーツ指導の現場に限らず、様々な分野において仕事をするうえでも重要な基礎となるはずです。どのような仕事であっても、課題を見つけ、仮説を立て、実践し、結果を検証して次につなげるというプロセスは不可欠だからです。
皆さんが本学でのスポーツ科学の学びを通して、科学的・論理的に思考し実践していくための基礎を身につけ、広く社会で活躍できる人材へと成長していく。私たちはそのサポートができる日を心待ちにしています。




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