体育系大学の学生は、全国大会で活躍し、競技に自信のあるアスリートばかり――。そんなイメージを持たれがちですが、大阪体育大学では、多くの学生が競技実績への不安、周囲との実力差や自分の将来への迷いを抱えながら入学しています。大学生活の中で少しずつ不安を力に変えていった学生たちのストーリー。
できない経験があるからこそ、できることがある

体育は好きだったが、「好き」と「体育系大学に行ける」は、別の話だと思っていた。華やかな競技実績がない自分が、体育系大学に行っていいのか——その問いと向き合うところから、河野稟さん(教育学部3年、大阪青凌高校)の話は始まる。
体育系大学に、自分が行っていいのか
小学校の頃から体育が大好きだった。けれど、体育系大学といえば全国で活躍してきたアスリートが集まる場所というイメージがあった。バドミントン部に所属していたが、特別な競技実績があるわけではない。「体育系大学でやっていけるのか」という不安が、ずっと頭の隅に引っかかっていた。
とはいえ、なんとなく総合大学に流れることへの怖さの方が勝っていた。目標のないまま4年間を過ごしたくなかった。自分とその将来に本気で向き合える環境に身を置きたかった。その気持ちが、背中を押した。
競技実績じゃなく、「好き」と「なりたい」があれば来ていい場所なんだと、入学してから気づいた。
「支える側」という選択
体育教師になりたいという目標があった。競技実績がなくても、「教える」という目標があれば大体大でもやっていける。そう信じて入学した。
部活は、高校とは違うポジションを選んだ。プレーヤーではなく、アルティメット部のマネージャー。「人を支える側」を経験してみたかったからだ。やりがいはあったが、先輩が卒業してからはマネージャーが自分一人になった。試合の日は、右手でビデオカメラを構えながら、スマートフォンでスコアを入力し、首から下げたタイマーも操作していた。体がいくつあっても足りないような日々だった。
そんな中で、選手たちからかけてもらった言葉が強く残っている。
「一人で大変なのに、ありがとう」
その瞬間、自分の役割を初めて実感できた。競技実績ではなく、自分にしかできない形でチームを支えることができている。

三点倒立ができなかった
授業でも苦労は続いた。器械体操では、三点倒立すらできなかった。それでも、できない自分をそのままにしなかった。友達と教え合いながら、少しずつ克服していった。
そのとき気づいたことがある。できない子の気持ちが、わかるようになった、と。別の日の水泳の授業では、泳げる子が泳げない子に教える場面があった。先生との距離も近く、わからないことを素直に聞ける雰囲気がある。大体大だからこそ、「できる」「できない」の両側から学べる環境があった。
できない子の気持ちに寄り添える先生へ
今は教員採用試験に向けて、同じ目標を持つ仲間と図書館で毎日勉強している。大体大は意識の高い仲間が多く、一人で挫折しそうになっても、周りを見ると頑張れる。
「競技実績じゃなくて、できない経験がある人が、教壇に立てると思う」。体育が苦手な生徒の隣に立てる先生になりたいと、河野さんは言う。
MESSAGE TO YOU
運動が得意じゃなくても、大体大に来ていい。むしろそういう人が先生になってくれたら、救われる子どもがたくさんいると思う。「好き」と「なりたい」があれば、それで十分です。




![T[active]](https://www.ouhs.jp/wp/wp-content/themes/ouhs_main/assets/img/nav_department06.jpg)
![T[person]](https://www.ouhs.jp/wp/wp-content/themes/ouhs_main/assets/img/nav_department05.jpg)

BACK
社会貢献・附置施設
BACK