経験に裏打ちされたキャプテンシーと勝負強い打撃。阪神大学野球春季リーグで大阪体育大学は、主将の山下世虎(せとら、体育学部4年、山口・下関国際高校)がチームをけん引して天理大学と優勝を争いましたが、2位に終わりました。夏の甲子園準々決勝で春の覇者・大阪桐蔭高校を破る「ジャイアント・キリング」を演じ、主将として準優勝してから4年。自分にとって甲子園とは、大学スポーツとは。再び主将として優勝に挑んだ山下に聞きました。

大阪体育大学主将・山下世虎(体育学部4年、山口・下関国際高校)
天理大学に屈するもチームに変化の兆し
大阪体育大学は7勝3敗、21ポイントで2位。山下は「優勝したかった」と悔やみますが、一方で「1年間かけてやってきたことが要所で出てうまく勝てた試合もあった」と秋に向けた収穫も口にします。
リーグ戦の山場は4月25日。全勝の天理大学と1敗の大阪体育大学が激突した首位攻防第1ラウンドです。大阪体育大学は山下のタイムリー二塁打などで2‐0とリードし、エース高田純誠(じゅんせい、体育学部4年、兵庫・報徳学園高校)が九回1死まで完封ペース。しかし、2点を奪われて延長となり、十回にタイブレークで3‐4と逆転サヨナラ負けを喫しました。「どうすれば勝てるのか、分からん」。ベンチ裏で山下の絶叫が響きました。ロッカールームでは涙を流す選手もいました。全員が悔しがっていました。
勝負あり、の雰囲気。しかし、山下はミーティングで訴えました。
「優勝が消えたわけではない。まずはあさって勝てるように。今日悪かったところを修正して次の試合に活かそう。そうしないと、せっかくやってきたことがこの敗戦で崩れてしまう」
大体大にとって「敗戦の後」はリーグ戦前からのポイントでした。練習試合でも、負けた後に連敗しないために、次の試合を取る準備をしようと常に言いあっていたといいます。
2日後の第2戦は先発の渡邊陽軌(はるき、スポーツ科学部3年、大阪・履正社高校)に加え、工藤樹(スポーツ科学部2年、宮崎・延岡学園高校)が初登板で五、六回を抑え、高田がロングリリーフして3‐1で勝ちました。以後2連勝して天理大学を追い、5月9日の甲南大学戦で敗れて優勝を逃しましたが、前年の春4位、秋5位からチームに変化の兆しは生まれました。
山下自身は初戦では控えでしたが、スタメンに起用されると25打数9安打、打率3割6分、チーム最多の6打点。敢闘賞を獲得しました。この数字には入りませんが、大阪電気通信大学戦で五回に放った満塁本塁打は、次打者の打席で雨脚が強まってノーゲームとなり、幻になりました。「個人成績のことは考えていないが、試合に出ずにすごくサポートしてくれた4回生のみんなに、報いることができてよかった」と話します。
甲子園の大阪桐蔭戦は番狂わせではない「1年から経験積んだチームが組織で勝った」
4年前の夏の甲子園。下関国際高校は、初戦から富島高校(宮崎)、浜田高校(島根)を連破。準々決勝で春の覇者・大阪桐蔭高校と対戦し、5‐4で勝ちました。「番狂わせ」とも「ジャイアント・キリング」とも呼ばれましたが、山下の考えは違います。「1年生の頃から自分たちの代が中心となって試合をやらせてもらい、1年目から経験を積めた。また、すごく練習するチームでもあった。あの試合は組織的に勝てた」
3‐4の九回表、下関国際高校が1点を追う攻撃での声援はすごかったといいます。すり鉢状の甲子園のスタンドからすさまじい歓声と手拍子の音がグラウンドに降り注ぎ、下関国際高校を鼓舞し、大阪桐蔭高校にプレッシャーを与えました。異様な雰囲気の中、逆転の2点が入りました。
山下にとって甲子園とは。「何と言ったらいいか分からないが、あの舞台で野球をさせてもらったのはすごく大きなこと。九回の雰囲気は、今まで感じたことがないぐらいのすごさだった」と振り返ります。

山下世虎
監督の意図をくんで選手におろす、頼れる主将
山下には、高校で野球の指導者になりたい夢があり、監督の誘いもあって大阪体育大学に進みました。監督から、多くの大体大卒業生が高校の教員として活躍し、他の大学よりも上下関係が厳しくないと聞いていたことも理由になったといいます。
大阪体育大学硬式野球部は全国でも飛び抜けて多い約300人の部員がA、B、Cと1年生のDチームに分かれて活動します。山下はその人数の多さが野球部の特徴だといいます。「人数は多いが、練習に来ていない部員はほとんどいない。みんながちゃんと野球に取り組んでいることを強く感じる」
大学では、中房敏朗教授(スポーツ史)のゼミに所属し、スポーツ史について自分で調べてパワーポイントにまとめて発表します。スポーツ科学の授業も日々の練習で役立ちました。ウエートトレーニングは高校生のことはトレーナーに指導されるままに取り組みましたが、1年次の「体力トレーニング論」の授業で、回数や重さを変えることで筋持久力を向上させるのか最大筋力を向上させるのか目的が異なってくることを知りました。
3年生の春季リーグが終わった後、部員投票で主将に決まりました。レギュラーではありませんでしたが、3年生の中に、「次は山下で」という雰囲気があったのだといいいます。下関国際でも決して主力ではなく、あの大阪桐蔭戦でも途中出場でしたが、主将を務めました。本人は「なぜなんですかね。自分では分からない」といいますが、松平一彦監督は「こちらの意図をくんで選手に指示をおろし、監督としてとても頼りになる主将」と高く評価します。主将として山下が気を付けていることは「自分自身がそんなに試合に出ていないのだから、まず自分が練習をちゃんとやる。やるべきことは自分がやってから人に言う。やろうとチームで決めたことはできるまで言い続ける」です。
野球で得たことは友だちや仲間の大切さ
甲子園で準優勝、大学でも主将としてチームを引っ張る。山下は野球で何を得たのでしょうか。「友達、仲間の大事さ。マネジャー、アナリスト、学生コーチなど自分のために何かしてくれる人がいて、自分が誰かのために何かしたいと思うことも多い。野球は、仲間に感謝することが普通の生活に比べて多い特別な場だと思う」
では、高校で部活動を卒業する学生も多い中で、大学でクラブを続けることの意義は?
「自分は野球が好きなんで。(けが、技量、環境などで)大学では野球を続けられない人も多い中で、野球に携われるのはうれしい。また、高校、大学で野球をする中で、組織の中でどう動いたらいいのかを学んだ。会社も組織。野球で得たことは将来に活きると思う」
もう一度強い大体大を見せる
2006年全日本大学選手権優勝、最多優勝38回を誇る大阪体育大学も、2019年春を最後に優勝から遠ざかっています。
昨年末、OBで元米大リーグレッドソックスの上原浩治さんが母校を激励に訪れ、屋内練習場で投手陣を指導しました。山下は上原さんから「いい加減に勝ってくれよ」と励まされました。
大体大の4年生は春で引退し、教員採用試験や就職活動に専念する学生も多いですが、今年はエース高田、2年生からマスクをかぶる正捕手の村崎心(しん、体育学部4年、兵庫・東洋大学附属姫路高校)、4番の斉藤尽生(じんせい、体育学部4年、東海大学付属熊本星翔高校)らが部に残ります。もちろん山下も。
「もう一度強い大阪体育大学を見せるためにも、優勝したい」




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