高校時代に甲子園に出場し、その魅力や素晴らしさに感動。指導者としてもう一度、甲子園に出ることを目標に大体大へ進学しました。硬式野球部で野球を続けながら教員になる勉強を進めていたのですが、2年生のときに当時の監督から「選手を引退してマネジメントをやってみないか」とお話をいただきました。指導者をめざしていたので将来の役に立つとは思いましたが、寂しい思いもあり葛藤。悩んだ末に、主務の道に進むことを決断しました。200人近い部員をまとめる主な仕事以外に、名刺を持って他大学との交渉や社会人の企業チームへの練習参加をお願いに回るなど、たくさんのことを経験。教員免許は取得しましたが、様々な仕事の方にお会いしたことで、野球に関わるたくさんの仕事があることを知り、将来の視野が大きく広がり最終的に新聞社を選択。野球の経験や主務のときに培った幅広い人脈のおかげで記者として配属させてもらうことができました。約19年、現場記者として、阪神タイガース、オリックス・バファローズを担当し、現在はデスクを務めています。虎番時代から名選手の方々に寄り添い多くの思いを伝えてこられたことは私の誇りです。
(2024年2月 取材)
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