筆者:森田 啓(スポーツ科学部教授)
1.体育・スポーツ哲学は、日常の身近な問いから始まるエキサイティングな探求の場
高校生の皆さん、夏の甲子園などで「強打者を5打席連続で敬遠する」という場面を想像してみてください。あるいは、サッカーの試合で「明らかにゴールに入る相手のシュートを、ディフェンダーがハンドで止める」行為。皆さんは、これらに賛成ですか? それとも反対ですか?
「ルール違反ではないから勝つための作戦だ」という賛成意見もあれば、「正々堂々と勝負しないのはフェアプレイに反する」という反対意見もあるでしょう。実は、この問いに「たった一つの正しい答え」はありません。どちらの立場にも、それぞれ筋の通った理由があるからです。
私の専門である「体育哲学・スポーツ哲学」は、こうしたスポーツにおける身近な疑問を出発点に、その背後にある「原理・原則」や、私たちの「価値判断(何が良いことで、何が悪いことか)」を深く解き明かす学問です。「哲学」と聞くと、「難しそう」「説教臭い」といったマイナスイメージをもつ人もいるかもしれません。しかし、実際は私たちの日常にある身近な問いについて、自らじっくりと考え抜く、とてもエキサイティングな探究の場なのです。

2.「5打席連続敬遠」の是非を、3つの異なる視点から深く問い直す
先ほどの「5打席連続敬遠」を、体育哲学では主に3つの視点から考えます。
1点目は、運動部活動の位置づけです。部活動は「学校教育の一環(体育)」でしょうか、それとも「競技スポーツ」でしょうか。前者は人間的成長を重視しますが、後者は勝利の追求を不可欠な要素とします。
2点目は、競技スポーツにおける「勝利の追求」と「フェアプレイ」のバランスです。ルールさえ守れば何をしてもよいわけではなく、時には相手への配慮といった「勝利から遠ざかる行為(フェアプレイ)」が称賛されます。
3点目は、教育としての「工夫」です。勝つためにあえて強打者を敬遠するのも戦術的な「工夫」の一つですが、正々堂々と立ち向かうことこそが教育的な工夫ともいえます。
3. 大体大には、自分で深く「批判的に考える力」を育てるフィールドがある
私の大学の授業で、この敬遠の映像を見せて解説を行ったところ、1割強の学生が「賛成から反対」、あるいは「反対から賛成」へと自らの意見を変えました。これは、学生たちが最初に下した直感的な判断を「批判的に考え直し」、異なる視点から物事をとらえ直すことができた証拠です。
「批判的に考える(批判的思考)」とは、誰かの意見を単に否定したり非難したりすることではありません。自分が「正しい」と信じていることや、最初の自分の意見さえも一度疑ってみて、より深く多角的に物事を理解しようとする建設的な作業なのです。
現代社会は、簡単に答えが見つからない複雑な問題であふれています。スポーツも同じです。大阪体育大学で、こうした「本物」の問いに触れ、自分の頭で深く探究する面白さを一緒に体験してみませんか。皆さんのなかに眠る「問いかける力」を、私たちは楽しみにまっています。
表1:体育・スポーツを多角的に考えるための3つの視点

<参考資料>
森田啓, 荒牧亜衣, 植木陽治, 深澤浩洋. 「批判的思考力」育成をめざした体育・スポーツ哲学の授業に関する研究:具体的事例(5打席連続敬遠)から. 体育学研究, 64: 303-313, 2019.




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