大体大先生リレーコラム「本物を学ぼう」RELAY COLUMN

教育学部

2026.10.06

エイジズムとアダプテッド・スポーツ

筆者:植木 章三(教育学部教授)

1.高齢者観の変遷と若返りの実態

 日本において、高齢者に対するイメージは大きく変化しています。昭和期には、60歳はお年寄りであり、腰が曲がってよたよた歩き、世話をされるべき存在という認識が一般的でした。しかし、現在のシニア世代は非常に若々しく、その多くが元気に現役として働き続けるなど、高い活力を持っています。
 老年医学などのデータは、現代高齢者の心身の著しい若返りを科学的に実証しています。秋田県の長期コホート研究によると、歩行速度や握力などの身体機能の加齢変化は、10〜20年前の同世代に比べて5〜10年も遅れて現れることが判明しました(鈴木・権,2006)。また、宮城県登米市での体力測定調査でも、自力で床から立ち上がる動作時間や握力が全年齢層で有意に向上しており、日常生活に必要な体力レベルが5年間で5歳は若返っている可能性が示されています(Ueki et al., 2017:図1)。

図1 床から立ち上がる時間における2010年と2015年の比較(Ueki et al., 2017)

図1 床から立ち上がる時間における2010年と2015年の比較(Ueki et al., 2017)



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 これらを受けて、日本老年学会と日本老年医学会は2017年、従来の65歳以上を一律に高齢者とする定義には医学的根拠がないとして、定義を75歳以上(65〜74歳は准高齢者)へ引き上げる提言を行いました(Ouchi et al., 2017)。既に20年前の内閣府の調査でも70歳または75歳以上を高齢者とみなすべきだという回答が多数を占めており、従来の区切りと実態の乖離は明らかです(内閣府,2006)。

2.エイジズムの定義と年齢差別との相違

 高齢者の身体能力が向上する一方で、雇用の現場では古い偏見が残っています。シニア求職者の半数以上が年齢を理由に公平に選考されていないと感じており、企業側から体力不安や長期勤務ができないこと、扱いづらさといった先入観を持たれていると実感しています(Indeed Japan株式会社,2023)。このように、年齢を理由にして個人を一面的に捉え、偏見を持ったり差別したりすることを「エイジズム」と呼びます。
 エイジズムは、老年医学者ロバート・バトラーが1969年に提唱した概念で、人種差別や性差別に倣って名付けられました(Butler,1969)。彼は、老人や老化への偏見的態度、老人に対する差別的習慣、そしてステレオタイプを存続させる制度・ポリシーという3要素から構成されると定義しました。
 欧米では、歴史的な経緯から年齢差別(エイジ・ディスクリミネーション)とエイジズムを区別しています。年齢差別が雇用での客観的な不平等を指すのに対し(Macnicol,2006)、エイジズムは個人の心理や社会的・文化的制度にまで及ぶ広範な年齢問題を指します(原田,2024)。パルモアは、年齢を理由に制限する否定的エイジズムだけでなく、高齢を一律に優遇する肯定的エイジズムも、個人の能力を無視した一面的な見方であると指摘しました(Palmore,1999)。

3. 日常や医療・福祉現場に潜む無自覚なエイジズム

 エイジズムは、医療や福祉の現場において、親しみやすさや善意というオブラートに包まれて無自覚に現れることがあります。
 代表例は、高齢患者への「おじいちゃん、おばあちゃん」呼びや、赤ちゃん言葉による語りかけです。これらは尊厳を傷つける言葉による暴力になり得ますが、現場従事者にその認識が欠けていることが指摘され(イノウ,2015)、厚生労働省のガイドラインでも、幼児言葉での対応や本人を無視して付き添いに話しかける行為などを明確な差別行為としています(厚生労働省,2016)。
 また、お年寄りだからと本人の残存能力を無視して何でも過剰に世話をしてしまうことも、典型的な無自覚なエイジズムです。自力で立ち上がる力があるにもかかわらず過剰に介助することは、高齢者から自立の機会を奪い、かえって廃用症候群を進行させて回復を妨げる結果を招く可能性があります。障害高齢者と日常的に接する専門職ほど元気だった頃をイメージしにくく、実習や初期実践を通じて否定的な老人観を強めやすいという指摘もあり、従事者自身が偏見のリスクを自覚すべきです(鳥羽,2005)。

4.エイジズムを打破するアダプテッド・スポーツの本質

 高齢者を一方的にケアされるべき弱い存在とみなすエイジズムを克服し、誰もが自己実現を果たせる社会を構築するための切り札となるのが、アダプテッド・スポーツです。従来の高齢者像では散歩や体操などの生活体育で十分とされてきました。しかし、競技スポーツを経験した団塊の世代が高齢化したことで常識は変化してきています。彼らは基礎体力や自立志向が高く、スポーツニーズも極めて多様です(植木,2017)。
 ここで重要になるのが、適合(アダプテッド)と適応(アダプティブ)の学術的な違いです(図2)。アダプティブ(適応)とは、人間が環境やルールなどの既存の枠組みに自分を合わせようとする個人の行動を指すのに対し、アダプテッド(適合)とは、ルール、用具、プログラムの側を、個人の能力やニーズに合わせて柔軟に修正・変更することを指します(Winnick & Porretta,2022;Sherrill,2004)。

図2 適応(アダプティブ)と適合(アダプテッド)の違い

図2 適応(アダプティブ)と適合(アダプテッド)の違い

 高齢者に既存の社会やルールに適応することを求めるのではなく、スポーツのルールや社会システム側を高齢者の心身状態に合わせて適合させることこそが、アダプテッド・スポーツの本質なのです。この理念に基づき、現在では超元気な高齢者が参加する競技スポーツから、フレイルや軽度認知障害を持つ虚弱高齢者、さらには施設入所者まで、個々の個性や体力に応じた多様な運動やスポーツの選択肢が用意されるようになっています(植木,2017)。

5.エイジフリー社会の実現

 アダプテッド・スポーツが目指す目的は、すべての人々の自己実現を促進することにあります。したがって、年齢や能力に関わらず、自らの可能性を引き出して活動的な生活を営み、社会的交流を楽しむことは保障されるべき権利です(Winnick & Porretta,2022;Sherrill,2004)。
 超高齢社会において私たちが目指すべきなのは、年齢による分断や偏見が支配する社会ではなく、個人の年齢に関わらず、その希望と能力に応じて生き生きと活動ができるエイジフリー社会の実現です。そのためには、日常のあらゆる場面、そして医療、福祉、雇用の現場から、無自覚なエイジズムを一掃しなければなりません。
 年齢という数字で人間を型にはめるのではなく、スポーツのルールをプレーヤーに合わせるように、社会システムをそこに生きる人々のニーズに合わせて調整していく必要があります。異なる世代が互いに理解し、支え合う世代間連帯を構築する上で、すべての人に開かれたアダプテッド・スポーツが果たすべき役割は、今後ますます大きくなっていくはずです。

【参考文献】
・Butler, R. N. (1969). Age-ism: Another form of bigotry. The Gerontologist, 9(4): 243-246.
・原田謙 (2024). 高齢者の社会参加とエイジズム. 高齢者および高齢社会に関する検討ワーキンググループ報告書 2024(日本老年学会), 第6章, 62-67頁.
・Indeed Japan株式会社 (2023). シニア世代(60歳以上対象)の求職活動実態調査. 2023年9月8日発表. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000119.000028842.html (閲覧日:2026年8月22日)
・イノウ(2015). 世界一わかりやすい 介護業界のしくみとながれ 第4版. ソシム.
・厚生労働省 (2016). 障害者差別解消法に基づく対応要領・対応指針について(医療関係事業者向けガイドライン). 平成28年4月1日施行. https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/sabetsu_kaisho/index.html(閲覧日:2026年8月22日)
・Macnicol, J. (2006). Age Discrimination: An Historical and Contemporary Analysis. Cambridge University Press, pp. 6-7.
・内閣府 (2006). コラム2「高齢者は何歳からか」.平成18年版高齢社会白書(全体版)第1章第二節高齢者の状況.https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2006/zenbun/html/i1250000.html(閲覧日:2026年8月22日)
・Ouchi, Y., Rakugi, H., Arai, H., et al. (2017). Redefining the elderly as aged 75 years and older: Proposal from the Joint Committee of Japan Gerontological Society and the Japan Geriatrics Society. Geriatrics & Gerontology International, 17(7): 1045-1047.
・Palmore, E. B. (1999). Ageism Negative and Positive (2nd ed.). New York: Springer.
・鈴木隆雄, 権珍嬉 (2006). 日本人高齢者における身体機能の・縦断的・横断的変化に関する研究–高齢者は若返っているか?, 厚生の指標, 53(4): 1–10.
・Sherrill, C. (2004). Adapted Physical Activity, Recreation, and Sport: Crossdisciplinary and Lifespan (6th Edition). McGraw-Hill.
・鳥羽美香 (2005). エイジズムと社会福祉実践:専門職の高齢者観と実践への影響. 文京学院大学総合研究所紀要7(1): 89-100.
・植木章三 (2017). 高齢期に必要なアダプテッド・スポーツ. イラストアダプテッド・スポーツ概論, 東京教学社, 144-148頁.
・Ueki, S., Yoshida, H., Satoh, T., et al. (2017). Improvement of physical fitness levels in healthy elderly people living in rural Japanese areas. the 22nd Annual Congress of the European College of Sport Science (ECSS), Germany, 5-8 July.
・Winnick, J. R. & Porretta, D. L. (2022). Adapted Physical Education and Sport (7th Edition). Human Kinetics.

キーワード
  • 高齢者
  • 若返り
  • 年齢差別
  • エイジズム
  • アダプテッド・スポーツ

植木章三(副学長・教育学部教授)

専門は公衆衛生学、アダプテッド・スポーツ科学、応用老年学、担当講義は生理学(運動生理学を含む)、アダプテッド・スポーツ論、衛生学・公衆衛生学を担当。これまで、地域高齢者の介護予防やフレイル予防を支援する研究に従事するとともに、パラスポーツ選手の暑熱対策や体力評価の研究事業にも参画。日本アダプテッド体育・スポーツ学会会長、日本応用老年学会常任理事、日本老年社会学会理事などを歴任。同大学陸上競技部にて投擲コーチとして学生の指導にもあたる。

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