筆者:中房 敏朗(スポーツ科学部教授)
もしもタイムマシンがあったなら、いったい何をしたいですか。過去に戻りたいですか。それとも未来へ行ってみたいですか。未来に行くのもいいけれど、過去に戻るのもきっと悪くはありません。
1.きっかけはさまざま――過去への関心
わたしの卒論のテーマは「ラグビー・フットボールの社会史的研究」でした。ちょうどそのころ中村敏雄先生の『オフサイドはなぜ反則か』(1985年)という本が話題になっていて、それに触発されたものでした。ゴールを目指しながらも、後ろへとパスをつなぐ「不合理」なルールが、どうしてサッカーやラグビーにはあるのかという疑問について、19世紀イギリスの社会的背景と関連づけながら説明した本でした。私の所属研究室の先生の計らいで、中村先生がわざわざ私たちの大学までお越しくださり、われわれ学生の未熟な質問に対して一つ一つ丁寧にお答え頂いたということもありました。
2.山あり谷あり――研究者への道のり
わたしの卒論は「ラグビーはなぜラグビー校で誕生したのか」を当時西洋史で注目された「心性史」の観点から明らかにしようとしたものでした。この試みはあえなく失敗に終わりましたが、その後大学院に進んでやはりイギリスのフットボール史を研究しました。フットボールの形成史を探るため、アルバイトで貯めたお金で、イギリスに行きました。ロンドンの書店でたまたま買った本から、フットボール協会(FA)の本部にライブラリーがあると知り、飛び込みで本部に行ってみました。「アポイントがないからダメだ」と断られましたが、3回目の訪問でやっと入室が認められました。その際に、「フットボール年鑑」(1873-4年)に記載されている、FAやFA登録者に関する情報をひたすら書き写しました。
この情報をまとめて、生まれて初めて学会発表に臨みました。題名は「イギリスにおけるフットボールの普及について : サッカーとラガーの分立」(1986年)です。学会なんて見たこともなく、参加した経験のある先輩方のアドバイスだけを手掛かりに、どうにか発表原稿を書き上げました。そうして学会会場に着きましたが、なんと発表原稿がないことに気づきます。それから夜を徹して、記憶だけを頼りに、もういちど発表原稿を書く羽目になりました。発表は惨憺たるもの。それからしばらく「発表なんて絶対しない」とトラウマになりました。
3.フットボール史の現在、そして時空を超えて
ここでは省略しますが、いまイギリスでは近代フットボールの誕生にまつわる「起源論争」が非常に活発です。のちに世界最大のスポーツになるフットボールがいかにして誕生したのか。じつは未解明な点がなお多いのです。ところが、新聞資料等のデジタル化によって、新事実の発掘が急速に進み、これまで信じられていた定説が大きく見直され始めました。歴史は意外に人を熱くさせるようです。もしも願いが叶うなら、タイムマシンに乗って40年前に戻り、中村先生とこの論争について大いに意見を交わしたいものです。ついでにもう一つ。もしも願いが叶うのなら、学会に初めて向かう「あの日」に戻って、家を出ようとする自分に教えてあげたい、「ほら、机の上に何か忘れているよ」と。
参考:
中房敏朗「サッカー」、中村敏雄編『先生なぜですか:ラグビーボールはなぜ楕円形なの?』大修館書店、1992年
中房敏朗「オリジン・ディベートとは何か」、スポーツ史学会会報『ひすぽ』第124号、2026年、掲載予定

坂上康博/中房敏朗/石井昌幸/高嶋航編著『スポーツの世界史』一色出版、2018年

D・G・マコーム、中房敏朗/ウェイン・ジュリアン訳『スポーツの世界史』ミネルヴァ書房、2023年






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