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2026.09.18

障がい者雇用を「人数」から「戦力」へ テニス部OBの実務家3人が語る仕事・スポーツ・共生社会

 大阪体育大学テニス部出身で、現在は企業、就労支援や障がい者福祉の研修サービスと異なる立場から障がい者雇用に取り組む卒業生3人が9月15日、大阪体育大学に集まり、障がい者雇用の課題や大学で学んだことが社会でどう生きているか、これからの夢を語り合いました。

左から井上渉さん、境浩史さん、 志村駿介さん 【大阪体育大学】

左から井上渉さん、境浩史さん、 志村駿介さん



大阪体育大学はスポーツSDGsを推進しています

 法定雇用率を満たすだけでなく、一人ひとりの強みを生かし職場の戦力として長く働ける環境をどうつくるか。スポーツは障がいのある人と社会の距離をどう縮められるか。3人の経験から浮かび上がったのは、本人を知り、仕事を知り、両者を丁寧につなぐことの大切さでした。

<語り合った3人>
境浩史(さかい・ひろし)さん(64)。1984年卒。島津製作所人事部シニアエキスパート。京都市在住。
井上渉(いのうえ・しょう)さん(45)。株式会社INCOP代表取締役。元総合支援学校教員。京都市在住。
志村駿介(しむら・しゅんすけ)さん(36)。株式会社Lean on Me代表取締役CEO。大阪府高槻市在住。

 (司会は大阪体育大学広報室長・大坪康巳)

テニスを通じて大体大へ


――なぜ大阪体育大学に進んだのか
 志村 私は清風高校のテニス部出身です。清風高校と大体大には昔から深いつながりがあり、大体大の1期生としてテニス部をつくったのが清風高校の富岡保雄監督(当時)でした。1学年上の先輩が4人ほど進学し、私も進学を決めました。

 境 高校時代、何学年か上の先輩が大体大のテニス部に所属していて、よく練習してもらいました。その先輩と一緒にプレーしたいという思いがありました。当時の茨木キャンパスが京都から近かったことも理由です。

 井上 中学生のころから教師になりたいと思っていました。中学・高校で先生にお世話になった影響が大きかったからです。スポーツ中心の生活を送ってきたので、自分は体育の道だと思い、体育教師を目指すことができて好きなテニスにも強い大学を探して、大体大に進みました。

島津製作所人事部シニアエキスパート・境浩史さん
【大阪体育大学】

島津製作所人事部シニアエキスパート・境浩史さん

厳しいクラブ活動で身につけた仕事をやり抜く力


――大体大で学んだことは
 境 学生時代はテニスに一心不乱に打ち込みました。インカレに出場し、その実績で全日本選手権のダブルスにも出場。卒業後はテニス用品の販売会社に入って第1回日本リーグに参加。さらに日本リーグを目指してテニス部を創設する島津製作所へ転職しました。
 当時は気づきませんでしたが、あのとき注いだエネルギーは、社会に出てから仕事に取り組む力になりました。あれほど一つのことにエネルギーを注いだ時期はありません。

 井上 大体大で身につけたのは、メンタルと精神力です。部活動以上にしんどいことは、今もありません。少々のことでは心が折れず、何でも乗り越える力をつけてもらいました。体育教師を目指して学んだ講義も、障がいのある方とスポーツを楽しむ今の活動に生きています。

 志村 各競技のアスリートが同じ大学で活動し、筋肉、栄養、スポーツ経営など幅広い分野を学べる環境でした。実践と学びの両方があり、知らなかった分野へ視野を広げた上で、専門を深めることができました。大学で培ったコミュニケーション力とテニスは、多くの経営者と知り合うきっかけとなり、相談相手やビジネスの機会を広げてくれました。

株式会社INCOP代表取締役・井上渉さん 【大阪体育大学】

株式会社INCOP代表取締役・井上渉さん

障がい者雇用との出会い


――なぜ障がい者雇用に携わったのか
 志村 弟に障がいがあり、私自身も障がい者施設で働く中で、障がいのある方が経済的に自立するにはどうすればよいのかに関心を持ちました。就労施設や特例子会社の方々と関わる機会も増え、2017年ごろから障がい者雇用を強く意識するようになりました。

 境 2002年、島津製作所が障がい者雇用に本格的に力を入れて取り組むことになり、人事部の主任だった私に対応が任されました。上司に選んだ理由を尋ねると、「精神力が強そうだからだ」と。障がい者雇用について何も知らなかったので、学生時代にテニスに打ち込んだときと同じように、一から懸命に勉強しました。

 井上 中学校で体育の常勤講師をしていましたが、校長先生に勧められ支援学校に行きました。支援学校の生徒は、支援や手立てを工夫するほど健常者の学校の生徒以上に伸びます。その点に魅力を感じ、特別支援学校の免許を通信教育で取得しました。

境さん「最初の1人の仕事ぶりが社内の見方を大きく変えた」


――島津製作所では障がい者雇用についてどのような取り組みを
 境 担当になると、社内の各部署に何度も足を運び、障がいのある方の特性やできる仕事を説明しました。ある日、ある部長が「一度面接してみよう」と言ってくださり、採用につながりました。採用された方は、片方の腕に障がいのある若い女性で、営業アシスタントとして電話を受けながらパソコンを操作して、お客様からの注文を次々にさばきました。その仕事ぶりが口コミで社内に広がり、社内の障がい者雇用についての考え方をさらに進める契機になりました。以来、100人を超える採用に携わりましたが、最近は、私が採用に携わった社員が勤続20年以上の表彰を受けたり、65歳まで勤め上げたりしています。採用した方が長く会社に残ってくれることが何よりうれしいです。

井上さん「支援学校の生徒はもっと働けるはずだ」。教員を辞め起業


――なぜ支援学校を退職し、起業したのか
 井上 支援学校の進路指導主事になり、企業の先入観と向き合いました。生徒の実習を依頼しても門前払いされる企業は少なくなかったですが、電話をかけ続け、まず話だけでも聞いてほしいと頼みました。次第に、生徒を実際に受け入れた企業からは「支援学校の生徒は真面目で意欲があるので採用したい」という声が増えていきました。
 また、企業や福祉事業所と接するうちに、「障がいのある人はもっと企業で働けるはずだ」「自分にもできることがあるのではないか」と思うようになりました。学校という組織の中では動きにくい面もあり、1年間管理職を務めた後、2022年3月に退職し、8月にINCOPを設立しました。
 INCOPでは就労移行支援事業所を運営し、障がいのある方が企業就労を目指すためのトレーニングと就職支援を実施しています。障害者手帳を持つ方が従業員として働く便利屋事業も始めました。また、任意団体のINCOP challengeでは、パラスポーツやアート、イベントなど余暇活動の機会をつくっています。
<INCOP>

志村さん「施設の職員への研修が足りない」。日本初の障がい福祉特化型オンライン研修サービスを開始


――障がい福祉のオンライン研修サービス会社を設立した理由は
 志村 母親が勤める障がい者施設をアルバイトで手伝った際、職員に教育が十分に行き届いていないことに気づきました。先輩の背中を見て覚える文化だったのでしょうが、その先輩に指導をする時間がない。ほかの地域の施設でも同じ課題があり、構造的な問題だと考えました。
 そこで、自分のペースで体系的に障がい福祉を学べるオンライン研修サービスをつくり、2016年4月に日本初のサービスとして提供を始めました。現在、全国の障がい福祉サービス事業所に『スペシャルラーニング』を提供し、累計利用者は17.3万人、導入事業所は9,500に達しました。企業向けには約100本のコンテンツを制作して、障がいのある社員が定着し戦力として活躍できる組織づくりやコミュニケーションを支援しています。
<Lean on Me>

株式会社Lean on Me代表取締役CEO・志村駿介さん 【大阪体育大学】

株式会社Lean on Me代表取締役CEO・志村駿介さん

雇用の数だけでなく障がいのある社員の戦力化を


――今年7月、民間企業の障がい者の法定雇用率が2.7%に引き上げられた。企業が、障がいのある社員を戦力として見る意識は、どこまで進んだのか
 境 法定雇用率制度と、一定規模以上の企業が未達の場合に徴収される納付金制度によって、企業の障がい者雇用は進みました。一方で、法定雇用率さえ守ればよいという考えも生まれかねません。厚生労働省は定着と戦力化を掲げていますが、雇用率がさらに上がれば、どのような仕事を任せ、どう戦力化するかを経営層がより本格的に議論せざるを得なくなると思います。

 井上 障がい者雇用を取り巻く環境は前進した面もありますが、新しい課題も見えてきました。本気で障がい者を戦力として育てようとする企業もあれば、義務だから採用しているような企業もあります。職場では合理的配慮をどこまで行うかが共有されず、「なぜそこまで配慮するのか」という言葉が出ることもあります。企業と働く本人の双方を支える必要があります。

 志村 管理部門や特例子会社だけでは法定雇用率達成に必要な人数を支えきれず、製造ラインや営業支援など、利益を生む部門で活躍してもらう必要性がより高まっています。多様な人が働く職場では、管理者のマネジメント力が一層問われます。障がいのある社員だけでなく、子育て中の社員や家族を介護する社員にも個別事情があります。本人の事情と企業が求める成果の双方を聞き、建設的に着地点を決める必要があり、従来型の一律のマネジメントでは対応しにくくなっています。

トップだけでなく誰もが楽しめるパラスポーツの推進を


――障がい者を取り巻く環境の改善に向けて、スポーツができることは何か
 境 この3人は2019年、島津製作所のコートで知的障がいのある人を対象にしたテニス教室を開きました。志村さんが指導し、井上さんが参加者を集め、島津製作所の実業団選手も加わり、母校で培ったテニスが、障がいのある人と企業をつなぐ場になりました。
 また、INCOPにはラグビー部の試合会場で設営や給水などをお願いしています。社員が障がいのある方の働きぶりを見ることで、障がい者雇用への壁がより低くなったと感じています。

 井上 スポーツには大きな力があります。INCOPの利用者は、プロバスケットボール・京都ハンナリーズのホームゲームで会場設営、撤収、再入場口、座席案内などを担当し、卓球Tリーグ・京都カグヤライズの試合運営にも携わっています。多くの人と接し、「ありがとう」と言ってもらえる経験が本人の自信になります。最初は指示どおりに動いていた人が次に何をすべきかを自分で考え、周囲を見て動けるようになります。

 志村 例えば、ニュージーランドでは国の政策として、障がいのある方の遊びやレクリエーションを推進し、スポーツ参加での格差を解消しようとしています。日本でも、トップパラアスリートだけでなく、誰もが日常的に楽しめるスポーツを広げる必要があります。テニスやボッチャなど、高齢になっても続けられる種目には大きな可能性があります。

障がい者のクオリティ・オブ・ライフを高めたい


――これからの夢を
 境 大体大出身者として、島津製作所でパラアスリートを採用し、現役を終えた後も社員として働いてもらうことが夢でした。昨年、聴覚障がいのある女子テニス選手(菰方里菜さん)を初めてパラアスリートとして採用し、東京2025デフリンピックの女子ダブルスで金メダルを獲得しました。トップ選手の活躍を、誰もが楽しめる障がい者スポーツの裾野を広げるきっかけにしたいと思います。退職後も、ライフワークとして障がい者雇用に携わります。

 井上 障がいのある方が一人でも多く社会に出られるよう支えたい。INCOP challengeには、口コミやSNSを通じて80人を超える方が集まっています。将来は地域総合型スポーツクラブとして事業化し、障がいのある方と楽しみながらスポーツを仕事にできる人材も育てたい。「何かに挑戦したいならINCOPへ行こう」と言ってもらえる存在を目指します。

 志村 障がいのある子どもと家族が将来の見通しを持てる社会をつくりたい。本人も家族も希望を持てる人生設計を描きにくいのが現状ですが、将来は会社を上場させ、頼れる身内がいない当事者家族の資産を管理、運用できる存在になりたい。親が亡くなった後のお金や暮らしを支えられる仕組みをつくり、余暇活動など生活の選択肢も増やして、本人のクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を高めたいと考えています。
(この記事はAIを参考に構成しました)

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