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学内トピックス

2026.08.13

高校駅伝、甲子園の運営現場で流した汗を学問に変える 大阪体育大学OB・毎日新聞事業部出身の久保賢志日本大学准教授が初の著書 「スポーツの仕事を、学問に変える」

 大阪体育大学卒業生で、日本大学スポーツ科学部准教授の久保賢志さんが8月10日、初の著書『スポーツの仕事を、学問に変える―現場経験から問いを立てるという選択―』(創文企画)を出版しました。久保さんは大阪体育大学卒業後、毎日新聞社の事業部員として全国高校駅伝や選抜高校野球の運営現場の実務で汗を流し、その後、働きながら大学院で学び、博士号を取得しました。

講義する久保賢志准教授【本人提供】

講義する久保賢志准教授【本人提供】

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大阪体育大学はスポーツSDGsを推進しています

 久保さんは自らを「ハイブリッド研究者」と呼びます。スポーツイベントの現場で担当者として奔走した「実務家」と、スポーツマネジメントを学問として分析する「研究者」。二つの視点を持つ強みを生かし、著書では、現場で感じた違和感や葛藤を学問上の「問い」へと変えてきた経緯をつづりました。
 「目の前のことに泥臭く全力で打ち込む。でも同時に『なぜ』という視点を持ってほしい」。体操競技と勉学に打ち込んだ大阪体育大学時代、新聞社時代、そして研究者としての現在まで、二つの姿勢を貫いてきた久保さんに聞きました。

「ハイブリッド研究者」として初の著書


――著書の内容は
 実務と研究をどう往復するのかをまとめました。私は自分のことを「ハイブリッド研究者」と呼んでいます。スポーツの現場で感じた違和感や葛藤を、単なる日々の体験や成功談で終わらせず、学問的な「問い」に翻訳していく。著書ではそのプロセスの体系化を目指しました。
 私は新聞社で実務を経験しながら、博士号を取りました。「実務も経験しているけれど、研究もできる」。「ハイブリッド」は、その両方を備えた研究者でありたいという意味です。

――新聞社時代の経験は研究にどうつながっているか
 毎日新聞社では全国高校駅伝競走大会や選抜高校野球大会などに関わりました。例えば高校スポーツには「教育」と「ビジネス」の両方の側面があります。一緒に大会を運営する高野連や高体連の先生方には「高校スポーツは教育の一環だ」という考えが強くあります。新聞社側もその考えは尊重していますが、一方でスポンサーや放映権を守る立場もあり、その間に入って仕事をすると、時に葛藤が生まれます。それを体験談で終わらせず、「なぜ葛藤が生まれるのか」研究として明らかにしたいと考えています。

――なぜ出版しようと思ったのか
 社会人大学院生や実務家教員、若手研究者には、自分の現場経験には価値があるはずなのに、「どう研究したらいいのか分からない」という壁にぶつかる場合があります。
 私自身も仕事をしながら論文を書き、「経験をそのまま書いても研究にはならない」と感じました。その苦労の中で身につけた問いの立て方や、自分なりに実務を学問に「翻訳」した技術が、同じように悩んでいる人たちの参考になればと思いました。

大体大で身についた「なぜ」の視点


――なぜ大阪体育大学に進学したのか
 小学生のころから体操を続けていて、より高いレベルの環境で競技力を磨きたいと思いました。当時は体育教員になることも考えていました。

――大学時代の競技実績は
 けがが多かったのですが、関西インカレで団体3位、個人総合7位、新人戦では個人総合3位でした。全日本インカレは当時2部で、団体総合3位が最高成績です。

――大体大の4年間で今につながっていることは
 「なぜ」と考える癖がついたことです。
 当時のクラブには、伝統や規律を重視して、与えられたことに従うという雰囲気が強くありました。でも私は、「なぜこれが必要なんだろう」「本当にこのやり方が一番いいのか」と常に考えていました。先輩からすると生意気だったかもしれません(笑)。
 「これは本当に常識なのか」と問い直す視点は、大学生のころから持っていました。それが今の仕事や研究につながっていると思います。
 また、ゼミの淵本隆文教授(バイオメカニクス)はどんな時も公平でぶれない先生で、物事の本質を見極める姿勢を学びました。難関の全国紙を受けると話した時も、「難しい」などと否定的なことは言わず、可能性は誰にでもあるという姿勢で見守ってくださいました。研究室の近くで新聞社の採用試験の勉強もさせてもらいました。
 淵本先生から「頑張れ」と言われることもありましたが、それ以上に、先生のそばにいることで「頑張ることで道は開く」ということを肌で感じていました。

久保准教授

久保准教授

体操選手から「スポーツの舞台をつくる側」へ


――なぜ新聞社を志望したのか
 大学では体操でレギュラーを目指して頑張っていましたが、けがも多かった。プレーする側から、自分がスポーツという舞台をつくって社会に発信する側に回りたいという思いが強くなりました。
 特に毎日新聞社は選抜高校野球や全国高校駅伝など、歴史と伝統のあるスポーツイベントを数多く運営していました。スポーツの感動や教育的な価値を広めたい。そして少しかっこよく言えば、「人々の記憶に残る仕事がしたい」と思っていました。
 現役では合格できず、就職浪人しました。1年間勉強し、2回落ちて、3回目で合格しました。

高校駅伝などスポーツ事業を10年間担当


――新聞社ではどんな仕事を
 2008年に入社し、最初の約3年間は大阪本社の人事総務部。2011年事業部に異動し、10年間、スポーツ事業を担当しました。全国高校駅伝はキャップなどとして10年間担当し、選抜高校野球では大会運営のサブキャップとして甲子園球場の大会本部に詰め、開会式で入場行進を先導したこともありました。
 スポーツ大会は学校や競技団体、行政、警察、消防、テレビ局、スポンサーなど、多くの関係者との調整で成り立っています。結局、マネジメントは「調整」なんだと思います。それぞれ違う立場の人に意図を理解してもらい、お願いし動いてもらって、一つのものをつくる。その経験は今の研究にも非常に生きています。

働きながら大学院へ 研究者の道に


――なぜ大学院へ
 当時は研究者になろうと思っていたわけではなく、新聞社の事業部員として自分の専門性を高めたいというのが一番の理由でした。
 スポーツイベントは、私たち事業部員が中心となって運営し、多くの関係者と調整しながら大会全体をマネジメントしていました。ところが、大きな課題が出てくると、大学の先生など外部の専門家の意見を聞いて方針を決めることがある。「現場のことは自分たちが一番分かっているはずなのに、自分たちは専門家とは見られていない」。そこに違和感がありましたし、悔しさもありました。
 一方で、野球のことは野球の専門家、陸上のことは陸上の専門家が決める。自分は競技そのものの専門家にはなれない。それなら、スポーツイベントのマーケティングやマネジメントを学び、「運営の専門家」になれないかと考えました。
 また、「研究が実際の現場でどれだけ役に立つのか」と感じることもありました。現場と研究を橋渡しできる存在になれないかという思いもありました。

――新聞社で働きながら大学院に通うのは大変ではなかったか
 めちゃくちゃハードでした。多分、人生で一番ハードだったと思います。博士後期課程では、仕事終わりに関西大学の梅田キャンパスへ通い、研究の作法を学びながら理論を構築していく作業との両立が本当に大変でした。特に博士論文を書いていた最後の3、4か月は、ほとんど寝た気がしないほどでした。
それでもやり切れたのは、大学院の恩師らの熱心な支えと2020年の新型コロナの発生です。スポーツイベントが相次いで止まり、不幸中の幸いというか、博士論文を書く時間を確保することができました。
 博士号を取った段階で研究者の道に進む決意をし、2021年3月、13年間勤務した毎日新聞社を退職しました。4月から愛知県の至学館大学健康科学部で助教を務め、2024年から日本大学スポーツ科学部の准教授としてスポーツマネジメントを研究しています。

ゼミ生とともにスポーツイベントの現地研究調査に
【本人提供】

ゼミ生とともにスポーツイベントの現地研究調査に【本人提供】

実務と研究をつなぐ「架け橋」に


――現在はどのような研究を
 主に二つあります。一つはスポーツイベントやメディアに関する研究です。例えば、大阪マラソンの統合について運営組織やランナーの視点から分析し、読売新聞社と関西大学による大阪マラソンの共同調査報告書にも約5年間携わり、調査・研究を続けています。
 二つ目はオリンピック教育です。従来のオリンピック教育はオリンピアンを学校に招いて話をしてもらうなど、単発の取り組みで終わることが少なくなかったので、トップスポーツクラブの後輩でもある北京五輪体操男子団体銀メダリストの沖口誠さんと連携。高校生を対象に、体操競技や器械運動を通じて周囲との連携や異文化への理解などを育む教育プログラムを開発、実践し、その教育効果を検証しています。この研究は科研費にも採択され、3年間継続して取り組んでいます。

――これから研究者として目指すことは
 実務と研究をつなぐ架け橋になることです。そして、次世代のスポーツ界を担う若い人材も育てていきたい。単に理論を知っているだけではなく、現実の課題に気づいて、自分で問いを立て、それを解決できる力を身につけてほしいですね。

「泥臭く」と「なぜ」を両方持ってほしい


――大阪体育大学の後輩にメッセージを
 まず、目の前の現場や競技に泥臭く、全力で打ち込んでほしいと思います。でも同時に、「なぜ」という視点を持ち続けてほしい。周囲の空気に何となく流されるのではなく、「なぜこうするんだろう」「これは本当に正しいのだろうか」と立ち止まって考える。社会に出れば、自分で考えて行動する力が必要になります。皆さんが現場で汗を流したり、悩んだり、葛藤したりする経験は無駄にはなりません。その泥臭い経験は、必ず自分の武器になります。それを知識や学問に変えていくこともできます。
 大体大生には、「泥臭くやり切ること」と「なぜ、と考えること」。この二つを大事にしてほしいと思います。

『スポーツの仕事を、学問に変える―現場経験から問いを立てるという選択―』

『スポーツの仕事を、学問に変える―現場経験から問いを立てるという選択―』

久保賢志(くぼ・けんじ)
 大阪市出身。大阪体育大学浪商高校、大阪体育大学体育学部卒業。体操競技部で活動し、全日本インカレ2部団体3位などを経験。2008年、毎日新聞社入社。大阪本社人事総務部を経て、2011年から事業部で全国高校駅伝、選抜高校野球などスポーツ事業を10年間担当した。勤務しながら大学院で学び、2020年、関西大学大学院人間健康研究科で後期課程を修了し博士(健康学)を取得。2021年3月に毎日新聞社を退職し、4月から至学館大学健康科学部助教。2024年から日本大学スポーツ科学部准教授、2026年から大学院スポーツ科学研究科も兼任。専門はスポーツマネジメント。
(この記事は生成AIを活用して作成しました)

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