山本篤選手知事賞詞受賞
北京パラリンピック銀メダリスト
   大阪府は昨年12月17日、同庁で北京パラリンピック記念イベントを開き、同年9月に行われた北京パラリンピックの走り幅跳びで、日本のパラリンピック陸上界初、それも銀メダルを獲得した本学OBの山本篤選手(08年、体育学部卒業)に「知事賞詞」と「大阪スポーツ大賞」を贈呈した。同イベントでは、橋下徹府知事や北京五輪陸上四百bリレー銅メダリストの朝原宣治氏(大阪ガス)と、山本選手ら大阪を拠点に活躍する北京パラリンピック選手7人の「記念対談」が行われ、会場は約300人の府民で大盛況だった。  
  橋下府知事(中央)と朝原氏(右)の質問に答える山本選手(左)  
   贈呈式では、山本選手は緊張の面持ちだった。「知事賞詞」を橋下府知事から贈られ、がっちり握手を交わすと、ようやく緊張がほぐれ、笑顔が見られた。綛山哲男府教育長から「大阪スポーツ大賞」も授与された。
 記念対談では、橋下知事から「スポーツをする喜びや楽しみは?」と聞かれると、山本選手は「陸上を通じていろんな国に行って、いろんな人やものに出会えることが楽しいです」と陸上が出来る喜びを語った。
また、朝原氏からは「(走り幅跳びの)踏み切りは義足の方でやるのですか?恐怖心みたいなものはありませんか?」と聞かれると、「もともとは反対の足で踏み切っていました。ある大会でファウルが続き、記録だけは残さないと、と思い跳躍した足がたまたま義足になってしまい、記録が60aほど伸びたのです。それ以降はずっと義足で踏み切っています」と銀メダル獲得の大跳躍誕生秘話を明かした。
 障害者のスポーツ環境について話が及ぶと、「ナショナルトレーニングセンターを障害者スポーツにも開放して欲しい。障害者スポーツ選手は金銭面などでとても苦労している。健常者と障害者が一体となった組織を作り、支援していくことが重要」と環境改善を力強く訴えた。最後に次の目標を聞かれると「ロンドン五輪の100bでメダルを取りたい」。山本選手はメダル獲得を府民に誓った。
 
  【永冨慎也、写真も】  

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